なんだか昭和歌謡のタイトルみたいですね。ゼレンスキー大統領とトランプ大統領の口論がニュースになっていました。国内外のいろいろなメディアが論評しています。ここではどちらが悪いとかの意見は述べません。語りたいのは
「言葉は磁石のようだ」
ということです。向きを違えると強力にくっつきも離れもするのです。ゼレンスキーは通訳をつけずに母語ではない英語でトランプと会談しました。英語での国連演説がアメリカの人に好感をもたれたからという報道も見かけました。真意はわかりません。ただパブリックスピーチとシビアな交渉の会話は違います。前者は分かりやすい言葉が有効です。しかし後者は正確な言葉が必要です。会談で交わされた言葉は、そこが曖昧になっていました。使われた言葉の真意が正確に伝わっていたのか?両大統領ともに言葉の使い方を間違えて磁石の同極をぶつけるように反発してしまったのです。
先週末、沖縄に行きました。目的は「やさしい日本語」認定講師の合宿です。キャリアコンサル✕やさしい日本語をテーマにセミナーやワークショップで勉強しました。全国から集まった関係者と大きく「言葉の使い方」について学んだ貴重な機会でした。「やさしい日本語」には「優しい」と「易しい」の両方の意味が込められています。外国の人だけではなく日本人相手のキャリアコンサルの場面でも様々な背景をもった人たちに有効だと感じました。
ゼレンスキーとトランプの話に戻ります。やさしい言葉を使うだけではかえって誤解を生みます。簡単な言葉だけをぶつけても伝わりません。言葉の表層だけではない真意を探る丁寧な対話を重ねる必要があります。そのためには「媒介」を置くことが有効です。使う言語が違えば通訳者です。プロが使う言葉は単純な言いかえではありません。AI翻訳では賄えない言外のニュアンスも含めた言葉のチョイスが必要です。ゼレンスキーがもし熟練の通訳をつけていたら結果は変わっていたかもしれません。
やさしい日本語は日本語母語話者どうしのコミュニケーションにも「媒介語」として役立ちます。ただし相手の立場に立って考えることが必要です。易しいだけでも優しいだけでもダメなのです。方向を間違わなければ強力に接着できるのが言葉なのです。その媒介語をつかえる人が重要なのです。
今回はここまで。読んでいただきありがとうございます。なおブログでの見解は完全な私見です。 次回をお楽しみに。
