新しい年が始まりました。昔から「1月は行く、2月逃げる、3月去る」というようにあっという間に時間は過ぎていきます。先の見えない時代と言いながら、秋ぐらいまでの大まかな予定は決まっていきます。今年は会社の同僚や学生時代の仲間が節目の年を迎えます。同年代と会うと自然にそんな話になります。
私は1浪で大学に入りました。なので、それらの仲間は去年、今年、来年にかけて還暦を迎えます。私は1年後ですから今年は50代最後の一年です。正直、60歳という年齢自体はあまり意識はしていません。しかし社会の仕組み上の年齢は否応無しにやってきます。定年退職、年金や保険、税金、公共サービスなどです。日本社会の仕組みである以上、年齢という数字が基準になります。しかも時代と環境により基準となる数字は変わります。私が働き始めた1990年は、法律が改正されて60歳までの継続雇用が努力義務となった年です。それまでの55歳定年は、今も役職定年という形で残っています。つまり、私は60歳で定年となることを前提に働き始めたわけです。
ところが今や65歳までの雇用義務、そして年金の支給開始年齢の繰下げです。目的は社会システムを維持するためです。日本の国民皆保険、年金支給はよくできた仕組みです。最近ふと思ったことがあります。日本はなぜスタートアップ支援が弱いのか、その要因の一つがこの社会システムではないかということです。
調査会社によるデータを見ると日本の労働者のうち経営者、自由業、自営業の割合は18%ほどです。8割が雇用されている人です。日本のサラリーマンの税金、社会保障費は基本、源泉徴収です。今や給料の半分近くの負担になっています。源泉徴収ですから国は取り逃がしがありません。確実に計算できるわけです。しかも日本の会社はその事務作業までをコストをかけて負担しています。業種によって給与格差があるとはいえ、日本は8割の雇用者をベースにした「会社」という共同体の集合体で動いているのです。しかも終身雇用という日本独特のシステムを前提にしてきました。だから、30年先を見据えた制度設計が可能なのです。
そう考えると、国は起業支援を積極的に進めるよりも現状のシステムを維持する方に傾きます。起業家によるイノベーションは必要ですが、GAFAMを日本につくろうとまで国は考えていないのではないでしょうか。あくまでも私の個人的な感想です。
そんな風に考える社会システムの中で、私自身サラリーマンとして36年を過ごしてきました。職業こそアナウンサーという専門職ですが、社会の仕組みの中での立場は会社員です。がっつり日本のベーシックでオーソドックスで昭和な仕組みの中で働いてきました。昭和創業の会社の多くがそうであるように、私の会社もその仕組みを大きく変えることなく現在に至ります。いいも悪いもなく、私の時代のあり様がそうだったということです。
しかもこれから先も、日本のこの仕組みは続くでしょう。さらに基準年齢を引き上げて。数年のうちに70歳までの雇用努力義務と年金支給開始年齢の70歳への段階的引き下げが行われるでしょう。平均寿命や人口の年齢構成などの数字を見れば明らかです。これほど確実に未来を予測できる数字はありません。
ただ、ひずみが出ています。国は70歳定年、年金支給にしようとしているのに、昭和にできた多くの会社は、定年を55歳とした給与や組織の制度設計で今も動いているからです。多くの会社が55歳役職定年、60歳定年退職、再雇用によって雇用義務を果たすという形になっています。55歳までは年功序列を基本として年齢とともに給与が上がっていきます。しかし55歳役職定年で給与が下がり、60歳定年退職で一度精算、さらに給与が下がった条件で再雇用というのが一般的です。
国は70歳まで働くことを前提にして制度設計の見直しを進めています。健康である限りは働くことが求められます。国は会社に対して雇用継続の努力義務を課していますが、事実上は国民に70歳まで働き税金と社会保障費を払うことの努力義務を課しています。ですが、多くの会社の給与体系、組織の仕組みが変わっていないのです。基本的な給与レベルを下げない65歳定年を前提とした制度を構築できないうちに、70歳への基準年齢引き上げが行われようとしています。
私はライフプランを計画的に考えます。それは消極的ということではありません。冒険にも計画は必要ですよね。計画に基づいて人類は北極点や月に到達できたのですから。でも冒険とはそういうものではないかと思うのです。大事なのは道のりでの修正ができるかどうか。自分ではどうしようもないことが起きた時の修正能力です。
今の会社に入った時、お世話になった人から「骨を埋める覚悟で働きなさい」と言われました。骨を埋めるというのは60歳の定年までしっかり務めることと私は捉えました。初めて踏み入れた北海道の土地で、その言葉を胸の奥に置いて60歳まで働くことができそうです。側から見れば平凡な会社員の在り方でしょう。でも私にとっては計画に修正を加えながら歩いてきた冒険の道のりです。
働き始めた時のライフプラン・冒険の書は60歳定年を前提にしたものでした。ですから、ここから先は第二幕です。その話はまたこのブログで語っていきます。
今回はここまで。最後まで読んでいただきありがとうございました。次回もお楽しみに。これからもよろしくネ♪

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