スポーツの世界で「リベンジ」という言葉が使われ始めたのはいつ頃からでしょうか。私はあまり好きな言葉ではありません。実況中継でもできるだけ使わないようにしました。ネットで調べると、松坂大輔さんが1999年ルーキー時代のインタビューがきっかけのようです。私が好まないのは、言葉の背景に恨みつらみといった感情が見えてしまうからです。おそらく松坂さんは自分を奮い立たせるために言ったのでしょう。言葉の額面どおりの相手への復讐ではなく、その時の自分を超えるという感情だったのだと思います。
ミラノ・コルティナ五輪が幕を閉じます。この大会でも過去の自分を超えるアスリートたちの姿が胸を打ちました。最近スポーツニュースでよく聞くのが「忘れ物をとりに」です。届かなかった目標、逃したメダル、もう一度この場所に戻ることを誓う心理を表しています。五輪の水泳で「手ぶらで帰すわけにはいかない」も同じような表現です。スポーツの成績は数字で表されます。本来は物理的なものではありません。それをメダルやトロフィーというカタチにして讃えています。
最近読んだ本「新書世界現代史」のテーマがレコンキスタ=失地回復でした。トランプ、プーチン、習近平らの政治行動の根底にあるものを紐解いた本です。大きなうねりの中にある今の世界がインタビューを元に説得力を持って書かれています。政治の世界ではネガティブな方法と結果になりがちです。軍事力や経済力を方法として使うからでしょう。
レコンキスタもリベンジも忘れ物も、ある種、人間の根源的な欲求でもあるように私は感じています。それは本能的に必要なものなのでしょう。どういう場で、どのように使うかによってその価値が大きく変わるのです。スポーツ、そしてオリンピック・パラリンピックの価値はそこにあると思います。ともすれば他人を他国を他文化を暴力によて制する人間の本能をスポーツに昇華することによって調和へとつなげる。剥き出しの本能で政治や経済を動かしている今の世界情勢の中で、同じ本能を肉体表現によってお互いを高め合っていく姿に私たちは心動かされるのです。
ちなみに今回のオリンピック中継では着飾った言葉がずいぶん少ない印象でした。「リベンジ」や「忘れ物」などの言葉を使った実況アナはあまりいませんでした。私は好感を持って見ていました。キャッチフレーズのような一言で表せるほどアスリート達の心情は単純なものではありません。それぞれの人生が物語があるのです。取材に基づく積み重ねてきた事実と、客観的で正確な描写で十分に伝わると思っています。
前回のこのブログにも書きましたが、札幌の街にとってポジティブな意味でのレコンキスタの場があるとすればオリンピック・パラリンピックです。冬季五輪を開催できる環境を持った数少ないオリンピックシティでありながら、誘致に失敗した街。大活躍したスノーボードのメダリスト山田選手は札幌のばんけい育ちです。当時誘致を表明した2026年の冬季五輪に向けて施設を整え始めたのが2014年。まさに今年をターゲットにして進めた強化策は見事に実ったのです。他の競技でも札幌出身や札幌の施設で育ったオリンピアンがたくさん生まれました。違ったのはその舞台が札幌ではなかったことです。
ミラノ・コルティナの舞台で生まれた全てのオリンピアンとサポートしてきた関係者に「ありがとう」そしていつか必ず、この素敵な舞台を札幌に用意して皆さんを迎え入れたいと思う2026年の冬でした。
今回はここまで。最後まで読んでいただきありがとうございました。次回をお楽しみに。これからもよろしくネ♪

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